第536条(債務者の危険負担等)
【改正法】 (債務者の危険負担等) 第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。 |
【旧法】 (債務者の危険負担等) 第536条 前2条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。 |
※上記赤字の部分が改正部分です。
【解説】
今回の法改正において、債務不履行等の場合の解除の規定について、大幅に変更されました(541条等参照)。その大幅な改正の一つに、従来は債務不履行の効果の一つとされていた契約の解除について、債務者の帰責事由が不要とされました(543条)。
ということは、従来は債務者に帰責事由があるかどうかで、債務不履行と危険負担を区別していましたので、危険負担の規定は不要になるのではないかという問題が生じることになります。
話が抽象的になると分かりにくくなる人も多いと思いますので、具体例に即して考えてもらうということで事例を出しておきましょう。
A(売主)とB(買主)が家屋の売買契約を締結したとします。売買契約締結後、引き渡しまでに家屋が地震のような不可抗力により滅失したとします(以下、「本事例」といいます。)。
売買契約を締結することによって、Aは家屋の引渡債務を、Bは代金の支払債務を負います。そして、ここでは家屋が滅失したことが問題となっていますので、以後、家屋の引渡債務に着目して引渡債務の債務者であるA(売主)を「債務者」、引渡債務の債権者であるB(買主)を「債権者」と呼びます。この「債権者」「債務者」という言い方は、あくまで引渡債務に着目した表現で、代金債務についてのものではありません。この危険負担のあたりの議論で「債権者」「債務者」という表現は、こういうふうに呼ぶ「決まり」になっています。
そして、危険負担というのは、当事者の責(帰責事由)に帰することができない事由によって債務が履行できなくなった場合に、反対債務の行方はどうなるか、という問題です。まさに、地震で建物が滅失した本事例のような問題です。
従来の理解によると、債務者Aに帰責事由があれば、債務不履行の問題であり、債権者Bは契約を解除することができます。本事例のように債務者に帰責事由がなければ、危険負担の問題となります。そして、本事例の不動産のような「特定物」の売買の場合は、債権者主義がとられ、債権者Bは反対給付(売買代金)の支払義務は消滅せず、売買代金を支払わないといけませんが(旧534条)、今回の改正により、この534条は削除されていますので、売買代金の支払義務は消滅します。このように反対債務が消滅することを債務者主義といいますが、本来危険負担は、このような債務者主義が原則です。したがって、534条の削除により、特定物の場合も、原則通り債務者主義がとられることになっています。
そして、この危険負担における債務者主義によれば、反対債務は当然消滅するのであり、債権者Bの側から特段の意思表示を要することなく、反対債務は消滅します。つまり、地震で家屋が滅失することにより、債権者Bは何もしなくても売買代金の支払義務を免れることができるわけです。
以上までをまとめると、従来の規定によれば、債務者に帰責事由があれば、それは債務不履行となり、債務者は契約の解除の意思表示をすることにより、売買代金の支払義務を免れることができます。逆に、債務者に帰責事由がなければ、危険負担の債務者主義により、債権者は何もしなくても売買代金の支払義務を免れることができます。このように、従来の規定では、債務不履行解除と危険負担の「住み分け」がキッチリできていたわけです。
ところが、今回の改正により、契約の解除の要件が見直され、債務者の帰責事由が不要となりました。ということは、債務者に帰責事由がないときには、債権者としては解除をすることもできるし、危険負担で反対債務の消滅を主張することができるわけです。これは完全に解除と危険負担が「かぶる」形になります。
そこで、今回の改正にあたっては、この重なっている解除と危険負担について、両方併存させるのか、解除に一本化して危険負担の規定を削除するのか、という点が議論されました。
両者を併存させるということについては、今までの説明で分かるとおり、解除は債権者の意思表示が必要であり、解除しない限り債務が存続している形になりますが、危険負担では債権者の意思表示は不要で、何もしなくても反対債務は消滅しています。したがって、両者を併存させると、危険負担の規定で存在しないはずの債務を、債権者が解除するということになり、理論的にはおかしなことになります。そこで、危険負担の制度は廃止し、解除の規定に一本化するという意見も強く主張されました。
解除に一本化すれば、解除の意思表示によって、契約からの離脱時期が明確になるし、債権者が反対債務の履行について利益を有する場合や、不能となった債権について代償請求権を有する場合など、債権者が契約関係を維持することに利益を有する場合もあるので、債権者にこの利益を受けるかどうかの選択権を与えることができるという主張もあります。
しかし、危険負担というのは長く実務で使われてきた概念であり、これを廃止するには抵抗も予想されます。また、危険負担という概念は労働問題の分野でよく使われており、危険負担の制度を残しておく実益がある分野も予想されることから、本条の536条の危険負担の規定は残されています。
ただ、「ないものを解除する」という理論的な問題については、危険負担の効果を反対給付義務の消滅(放っておいても消える)ということから、反対給付債務の存続は認めつつも、債権者に反対給付債務の履行拒絶権を与えるという形に改めました。このようにすれば、債権者に契約関係を維持するかどうかの選択権を与えることも可能です。