第509条(不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止)
【改正法】 (不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止) 第509条 次に掲げる債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし、その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、この限りでない。 一 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務 二 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。) |
【旧法】 (不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止) 第509条 債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。 |
※上記赤字の部分が改正部分です。
【解説】
この第509条の「不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止」というのは、非常に有名な規定で、各種の国家試験などでも頻出事項です。この規定が見直されました。
たとえば、AがBに対して不法行為によりケガを負わせたとします。Aは加害者で、不法行為による損害賠償の債務者、Bは被害者で、不法行為による損害賠償の債権者、ということになります。そして、AもBに対して何らかの別口の債権を持っていたとします。
旧法によると、この場合不法行為による損害賠償債権を「受働債権」として相殺することが禁止されていますので、加害者であるAからの相殺が禁止されていることになります。旧法では、このような相殺は一律禁止されています。
しかし、不法行為による損害賠償債権を受働債権とする相殺を「一律」禁止することは果たして妥当なのか、ということが問題になります。たとえば、AB双方の過失により物損事故を起こし、相互に不法行為債権を有している場合に、Bが無資力であるとします。このような場合でもAは相殺をすることができず、Aのみが全額損害賠償をして、Bからは事実上賠償金を受け取ることができなくなります。そこで、不法行為による損害賠償債権を受働債権とする相殺を「一律」禁止するのではなく、禁止を一定の場合に制限したのが改正法です。
ところで、そもそも不法行為による損害賠償債権を受働債権とする相殺を禁止した理由の一つは、①不法行為の誘発を防止する、というのが挙げられます。たとえば、BがAを殴ってケガをさせれば、AはBに対して不法行為債権を取得することになります。Aはこれに対して普通にBに対して損害賠償請求してくれれば問題はないんですが、腹を立てたAはBに対して殴り返して、相互に不法行為債権を持ち、Aが相殺するということをすれば、Aの不法行為を誘発しているというわけです。したがって、Aからの相殺を禁止したということになります。
次の理由として、不法行為債権を受働債権とする相殺を禁止することにより、②現実に金銭で賠償させ、被害者を救済しようという理由です。これは分かると思いますが、相殺で清算して金銭のやり取りをしないのではなく、現実に被害者に対して金銭を交付するということです。
そして、不法行為による損害賠償債権を受働債権とする相殺を禁止したのが、上記①②の理由であるのなら、この2つ以外の場合には、不法行為による損害賠償債権を受働債権とする相殺を認めてよいのではないかということになります。
そこで、改正法では、①の不法行為の誘発防止という趣旨からは、加害者の悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務(つまりBの債務)(第1号)については相殺を禁止しています。
②の現実弁償の必要性という趣旨からは、現実の金銭での弁償が必要な人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務についても相殺を禁止しています(第2号)。
それ以外の場合には、不法行為債権を受働債権とする相殺も認めています。