敷金
【解説】
1.敷金~総論
実は民法には「敷金」という言葉は、わずか2つの条文に出てくるだけですが、いずれもあまり重要とはいえない条文です。ところが、この敷金というのは各種の試験によく出題されています。
したがって、今から解説する範囲は、民法の条文には直接ありませんが、判例などによって認められている敷金に関する話をしていくことになります。
賃貸借契約が締結されると、賃借人は賃貸人に対して賃料を毎月(毎年でもいいですが…)支払っていくことになります。このような毎月の賃料とは別に、賃貸借契約締結時に、一時的にお金をまとめて支払うことがほとんどだと思います。その賃貸借契約締結時に支払うお金として、「権利金」「敷金」「保証金」など名目はいろいろです。
この中で、民法で各種の試験に出題されるのは「敷金」がほとんどです。
ただ、他の法律も全体を見渡せば「権利金」というものの理解も必要です。
「保証金」というものの理解はおそらく直接試験などで問われる可能性は非常に少ないと思います。というのは、保証金というのはいろいろな性格があって、試験などでは出題しにくいんですね。
また、その他に「敷引き」「礼金」などいろいろな名目で金銭が授受されますが、これは地方の慣習などもあり、試験の問題にはなじみにくい。
試験対策として勉強される方は、敷金と権利金を押さえておいて下さい。
2.権利金とは
敷金と権利金の最も大きな違いは、賃貸借が終わった時に賃借人に返還されるかどうかです。
権利金というのは、賃貸借契約締結時に払いっぱなしのお金で賃貸借が終了しても賃借人の手元に戻ってきません。これが権利金です。
この契約締結時に払って、返還されないということは、権利金にはどういう意味があるのか?それは、権利金は賃貸借契約の「設定の対価」としての意味を持つということになります。
賃借人が支払う金銭として、賃料があります。この賃料というのは、賃借物の「使用の対価」です。毎月、賃借物を使わせてもらう代わりに支払うお金ですよね。つまり、「使用の対価」です。
ところが、それとは別に権利金というものを払い、賃借人には戻ってこない、つまり賃貸人に完全に権利金をあげてしまうということは、それは「私(賃借人)のために、貸してくれたことへのお礼」になります。つまり、賃貸借契約の「設定の対価」になるというわけです。
3.敷金とは
敷金というのは、賃貸借が終わった時に賃借人の手元に戻ってきます。敷金というのは、賃借人の賃料の不払いなどに備えて、たとえば賃料の3ヶ月分などのお金を賃貸人が預かっておくという性質のものだからです。
賃貸借契約の最初の時点で、たとえば3ヶ月分の賃料を賃貸人が預かり、賃貸借が終了すると、賃貸借期間中に賃借人の賃料の不払いや、賃貸目的物を損壊させたような場合は、その損害賠償金などを差し引いて、それを賃貸借が終わった時に返還するという目的で授受される金銭です。したがって、賃料の不払いもなく、賃貸目的物も損壊させることなく、何の問題もなければ、本来は全額返還されます。
現実には、原状回復費用等の名目で一定の金銭を引かれることが多いですが、そのへんはややこしい問題を含んでいますが、ここでは基本的な理論で理解しておいて下さい。
今までの話で分かりますように、敷金というのは、要するに賃貸人が取得する「担保」です。
これは、本条の第2項にもそれが現れています。「賃貸借について当事者が担保を供していたときは、その担保は、期間の満了によって消滅する。ただし、敷金については、この限りでない。」つまり、敷金は担保に該当するけれども、期間の満了によって消滅しないということですから、敷金が担保であることを前提としています。
それでは、賃借人が賃料の不払いをしたときに、賃借人は「その未払いの賃料は敷金から充当しておいて。」というふうに賃貸借期間中に言えるでしょうか?これは、言えない。なぜか?
今説明した通りで、敷金は担保だからです。未払賃料の敷金での充当を認めると、それは担保の減少を認めることになるからです。要するに、何のための担保が分からなくなるからです。
たとえば、賃貸人は、賃料の未払いに備えるために、たとえば3ヶ月分の賃料を取ったとします。3ヶ月間賃料の未払いが続けば、賃貸借契約を解除できます。賃料の不払いは、2ヶ月くらいで賃貸借の解除事由となるかは、実は微妙なところです。絶対とは言えませんが、3ヶ月くらい賃料の滞納があると解除が認められます。これは1~2か月程度の家賃の滞納では、前に説明した信頼関係を破壊したとはいえないと判断される可能性があるからです。
したがって、賃貸人としては、未払賃料は敷金から充当せず、トコトン請求します。そして、未払いが3ヶ月経ったところで、賃貸借契約を解除します。そして、最後に3ヶ月分の未払賃料を敷金で充当します。これで、未払賃料の回収に成功した!とするために、敷金というのを取っているわけです。未払賃料の敷金での充当を認めると、担保が減少し、このようなことができなくなります。
以上まとめると、敷金は、賃貸借契約締結時に、敷金という担保を預かり、何もなければ返還してくれますが、賃貸借が終わった時に賃料不払いなどの債務不履行があれば、担保である敷金から充当して、残額を返還してくれるというものです。
4.敷金返還請求権の発生時期
敷金が交付された場合、賃借人としては、賃貸借が終われば、最終的に賃貸人に対して、敷金を返還してくれということができます。これを敷金返還請求権といいます。
実は、今までは「賃貸借が終われば」敷金は返還してもらえると、ちょっとボカして書いたつもりなんですが、この敷金返還請求権が発生する時期というのは、敷金のポイントになります。
単に、賃貸借契約の期間が終了したというだけでは、敷金返還請求権は発生しません。あくまで、具体的に敷金返還請求権が発生するのは、賃貸借契約が終了し、賃借人が賃貸人に賃借物を明け渡したときです。つまり、敷金返還請求権と賃借物の明け渡しは、同時履行の関係ではなく、明け渡しが先履行になります。
なぜかというと、敷金というのは、賃料の不払いに備えるのはもちろんのこと、賃借物を損壊するなどの損害賠償があれば、それも担保するという意味があります。要するに、賃貸人としては、賃貸借契約が終了し、明け渡し前に賃借人が賃借物を損壊したような場合の損害賠償も支払ってもらわないと困ります。そのような損害賠償も担保するのが敷金だ、というわけです。
そのような損害賠償は、明け渡しが完了して初めて、金額が確定します。
5.賃貸人の移転と敷金関係
次に、賃貸人・賃借人間の敷金関係というのは、賃貸人・賃借人が変わればどうなるのでしょうか。
たとえば、賃貸人が賃貸目的物を第三者に譲渡し、賃貸人の地位がその新所有者に移った場合、敷金関係は、新所有者に移り、賃借人は新所有者に対して敷金の返還を請求することができるのかです。
これは、賃貸人の地位が移転しても、敷金関係は新所有者に受け継がれます。したがって、賃借人は新所有者に対して敷金返還請求権を行使することができます。
これは、何度も説明したように、敷金というのは担保だからです。担保といえば、代表選手は抵当権です。抵当権の性質として随伴性というのがありましたよね。被担保債権を譲渡すると、担保である抵当権もそれに伴って移転するというものです。敷金も担保である以上、同じです。敷金は、賃貸人が有する担保です。賃貸人の地位が変われば、それに伴って敷金関係も移転するということです。
ただ、旧所有者(旧賃貸人)の下で、賃料不払いなどがあれば、その分を控除した残額についてのみ移転します。
それと、もう一つ気を付けてもらいたいのは、この賃貸人の移転の場合に、敷金関係が新賃貸人に移転するというのは、賃貸借契約が継続している間の話です。賃貸借契約が終了し、明渡し前に賃貸目的物の譲渡が行われた場合には、新旧所有者の合意のみでは、敷金に関する権利義務は、新所有者に承継されません。
6.賃借人の移転と敷金関係
それでは、次に賃借人が賃借権を譲渡した場合に、敷金関係は新賃借人に移転するか。
この場合、賃借権の譲渡には賃貸人の承諾が必要ですが、それは得た上で適法に賃借権を譲渡していると考えて下さい。これは今度は、先ほどとは逆に敷金関係は新賃借人に移転しません。
これは落ち着いて考えれば分かります。Aが賃貸人、Bが賃借人、Cが賃借権の譲受人だとします。BがAに差し入れた敷金が、Cに受け継がれるとすると、Bは他人のために担保を提供していることになります。Bはそれを甘受する理由はないでしょう。
しかも、賃貸人に敷金という担保が必要だというなら、賃借権の譲渡には、賃貸人の承諾が必要なわけですから、賃貸人が賃借権の譲渡を承認する際に、賃貸人は、新賃借人になるCがAに敷金を差し入れるなら譲渡を承認しましょう、と言えるはずです。
したがって、賃借権の譲渡の場合には、BからCへ敷金返還請求権を譲渡するなどの特別な事情がない限り、敷金関係は新賃借人に移転しません。
賃貸人の移転と賃借人の移転の違いは、気を付けて下さい。重要です。