民法612条(賃借権の譲渡及び転貸の制限)
【解説】
1.賃借権の譲渡(法律関係)
本条は、賃借権の譲渡、賃借物の転貸に関する規定です。
これは各種の国家試験では頻出の事項で、大変重要なのでしっかりマスターして下さい。
まず、賃借権の譲渡とは、何か?
上図を見て下さい。AがBに賃貸しています。Aが賃貸人、Bが賃借人です。
この状態で、Bは「Aから借りることができる」という賃借権という権利を有しています。賃借権の譲渡というのは、このBが有している賃借権をCに譲渡するものです。
Bの賃借権をCに譲渡してしまうので、Bは賃借権を失い、賃貸借関係から離脱します。
以後、賃貸借関係は、ACで存続するということになります。これが、賃借権の譲渡です。
2.賃借物の転貸(法律関係)
賃借物の転貸とはどういうものでしょう。
上図を見て下さい。転貸というのは、簡単に言うと俗にいう「又貸し」です。BはAから借りている物を、その借りている状態のまま、さらにCに貸します。これを転貸というわけです。
この場合、Bは借りた状態のまま、Cに貸すわけですから、AB間の賃貸借関係は残ります。さらにBC間の転貸借関係というのが生じ、この両者は併存します。AB間の賃貸借を「原賃貸借」ということもあります。
したがって、BはAに対しては借りていますが、Cに対しては貸しています。つまり、Bは賃借人であり、かつ、転貸人になります。
3.賃借権の譲渡及び転貸の制限
A→Bに賃貸がなされ、B→Cに賃借権の譲渡又は賃借物の転貸(以後、「賃借権の譲渡・転貸」といいます。)がなされたとします。
この賃借権の譲渡・転貸は、実はBが勝手に行ってはいけません。
つまり、賃借人は、賃借権の譲渡・転貸をするには、賃貸人の承諾が必要だということです。ちなみに、この賃借権の譲渡の賃貸人の承諾は、賃借人に対して行っても、賃借権の譲受人に対して行ってもかまいません。
それでは、なぜ無断譲渡・転貸が禁止されるのか?賃借権の譲渡・転貸の説明で分かりますように、賃借権の譲渡・転貸が行われますと、賃借物を使用する人が変わります。賃借権の譲渡の場合は、Bは離脱しますので、Cが賃借人として賃借物を使用します。賃借物の転貸の場合も、Bは賃借人として残りますが、現在賃借物を使用しているのは、転借人のCです。いずれも、賃借物を使う人が変わるわけです。
ところで、賃貸借契約は、当事者間の信頼関係が基本になるといわれます。これは意味が分かりますでしょうか?たとえば、AB間の売買契約の場合、Aは売主として物を売って、手放すので、その物が、以後どのように扱われようと関係ありません。売買代金さえきっちりもらえればいいわけです。
ところが、賃貸借契約は、売買契約のような一回的な契約とは異なり、継続的な契約です。Aは、毎月貸し続けて賃料をもらい、賃貸借が終了すると、賃借物がまた自分の手元に戻ってきます。
このような継続的な契約の場合、相手(賃借人)は、どのような人でもいいかというとそうではありません。毎月きっちりと賃料を収めてくれて、賃借物も丁寧に扱い不用意に傷つけたりしない人でないと困ります。
つまり、賃貸借契約というのは、当事者間の信頼関係に基づく契約なわけです。このような賃貸借契約において、賃借物を使用する人が変わるということは、賃貸人にとって非常に重要なことになります。
Bはしっかりした人だから、賃借物を丁寧に扱い、きれいな状態で返してくれるだろうと思って貸したが、いつのまにかCという人がその賃借物を使い、乱暴に扱っているということになれば、大変困ります。そこで、賃借権の譲渡・転貸には、賃貸人の承諾が必要とされるわけです。
4.無断譲渡・転貸
賃借権の譲渡・転貸をするには、賃貸人の承諾が必要となります。
そして、賃借人が、賃貸人の承諾なく賃借権の譲渡・転貸(無断譲渡・転貸)を行えば、賃貸借契約(AB間の賃貸借のこと)を解除することができます。これが大原則です。
なお、この無断譲渡・転貸がなされた場合に、BC間で賃借権の譲渡や転貸の契約がなされただけでは、賃貸人はまだ解除をすることはできず、現実にCが使用収益をしたときに解除できると解されています。
条文も第2項で「賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の『使用又は収益をさせたとき』は、賃貸人は、契約の解除をすることができる。」という表現になっています。
5.信頼関係の破壊
ところが、この原則には例外があります。この例外は、判例によって認められた例外です。判例いわく、無断譲渡・転貸で、賃貸人が解除できるのは、それは賃貸借契約の当事者の信頼関係を破壊するからだろう。それならば、信頼関係を破壊しない特段の事情があれば、賃貸人は解除できない。
たとえば、上図の事例で、賃借物は建物で、賃借人Bは父で、現在息子のCと同居している。この賃借権を息子のCに譲渡して、賃借人の名義をCにしたというような場合。現在もCはこの建物に居住しており、建物の使用の状況がそんなに変わるとも思えません。このような特別の事情があるときは、ABの信頼関係を破壊しないので、賃貸人のAは解除できない、ということです。
また、他の例としては、BがAから建物を借りて個人で商売をしていたが、Bの商売が順調で法人化しようという場合です。個人と法人は別人格ですから、B(個人)とB株式会社では名義が別になります。この場合も、形の上では、賃借権の譲渡・転貸になります。このような場合も、商売として従来と同じやり方をしている限りAB間の信頼関係を破壊するとは思えません。
これを信頼関係の破壊の理論といって、非常に有名な判例で、当然覚えておかないといけません。
ただ、この判例が有名なために、混乱を生じる人もいますので気を付けて下さい。あくまで、無断譲渡・転貸があれば、賃貸人は解除できます。これが大原則です。
ところが、信頼関係を破壊しない特段の事情があるときだけ、例外的に解除できないということです。
つまり、原則と例外という形でしっかり頭に入れておいて下さい。
この信頼関係の破壊の理論は、このように、無断譲渡・転貸を理由とする賃貸借契約の解除に関して生まれたものですが、現在では無断譲渡・転貸だけではなく、通常の賃貸借の用法違反を理由とする賃貸借契約の解除にも適用されています。
たとえば、普通にA→Bに賃貸借がなされ、Bが建物の使用方法について用法違反(契約違反)があった場合でも、それがAB間の信頼関係を破壊しないものであれば、賃貸借契約を解除できない、というふうに使われます。この場合、Bは全然譲渡・転貸をしていないのに、この信頼関係の破壊の理論が使われているわけです。
また、賃借人が賃貸人との間の信頼関係を破壊し、本件契約の継続を著しく困難にした場合には、賃貸人が賃貸借契約を解除するためには、民法第541条(履行遅滞等による解除権)の催告は不要であるとされています。
以上、この無断譲渡・転貸というのは、借地借家法で特別な扱いがなされている部分があります。