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民法534条(債権者の危険負担)

【解説】

1.問題の所在

今から説明する事例は、AがBに家屋を売却しましたが、その家屋が焼失したという事例です。

これだけでは、前に話をした履行不能ではないか?ということになると思います。しかし、履行不能というのは債務不履行の一種で、債務者に帰責事由が必要です。

それでは、債務者に帰責事由がなければどうなるのか、という問題があります。

また、AはBに家屋を売却する契約をしたが、実は契約日の前日に、すでに家屋が火事で焼失していたという場合もあります。これは物件の所在場所と契約場所が離れている場合にはあり得るでしょう。

2.原始的不能

そこでまず、この家屋が焼失したのが契約の前か後かで分けて考えます。

上図を見て下さい。まず、契約締結時に履行が可能なのか不能なのかで分けます。

契約締結時に、そもそも履行が不能の場合は、そもそもこの世に存在しない焼けた家を売ったということになります。このような場合を原始的不能といいます。「原始的」というのは、「最初」からという意味です。

このような契約は単純に「無効」ということになります。これはいたって簡単です。ない物は売れないので、そのような契約は無効ということです。

それでは、AがBに家屋を売却する契約を締結し、BはAに代金も支払ったが、家屋は契約の前日に火災ですでに焼失していた。BがAに支払った代金はどうなるでしょうか?

これも、結論は簡単ですよ。「返さないといけない」これだけです。

それを法律的に説明すると、不当利得ということになります。

不当利得とは、民法の言葉で説明しますと、「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」となります。簡単に要約すると、「法律上の原因なく、利益を受けた者は、それを返還しなさい」ということです。

これを先ほどの事例で説明すると、BがAにお金を支払ったのは、売買代金として支払ったわけです。つまり、BからAへの代金支払いの「法律上の原因」は、売買契約です。

ところが、この売買契約が原始的不能で無効になったわけですから、Aは法律上の原因=売買契約なく、売買代金という利益を受けているわけです。これを返還しなさいということですから、BからAに対しては、売買代金を不当利得として返還請求するということになります。

3.危険負担~債権者主義

さて、この原始的不能は比較的簡単でしたが、契約締結時には履行が可能だったが、その後履行が不能になった場合はどうか?

この場合、履行が不能になったことについて債務者に責任があるかどうかで分かれます。債務者に責任がある場合は、債務不履行になりますので、そちらに説明は譲ります。

次は、契約締結後に不能になったが、それが債務者の責(せめ)に帰すべからざる事由、つまり債務者の責任ではなかった場合についての話になります。

たとえば、AがBに対して家屋を売却したが、引渡前に隣家からの類焼で家屋が焼失したとします。その場合、AB間の売買契約で、AからBへは引渡債務、BからAへは代金支払債務が発生しています。このうち、Aの引渡債務は、家屋の焼失で消滅しています。ところが、BからAへの代金債務は、残っているはずです。

それでは、Bは家屋が焼失しているにもかかわらず、Aに代金を支払わないといけないでしょうか?これが実は、「危険負担」と言われる問題です。

この危険負担という言葉も分かりにくいですが、この場合の「危険」とは「損害」と読み替えて下さい。この事例のような場合に(債務者の責に帰すべからざる事由による履行不能)、「損害」を「負担」するのは、AかBかというのが、危険負担の問題です。

Aが損害(危険)を負担する、つまり代金を受け取れない場合を債権者主義といい、Bが損害(危険)を負担する、つまり代金を支払わないといけない場合を債務者主義と言います。

また、この債権者主義と債務者主義という言葉も分かりにくい。この場合、Aが債務者、Bが債権者です。分かりますか?今、家屋が焼失して、「引渡債務」が履行できなくなっています。そこで、この引渡債務に着目すれば、Aが債務者、Bが債権者というのは理解できます。

売買契約ですから、代金債務もあるので、代金債務については、Bが債務者、Aが債権者になりますが、ここでは引渡債務に着目します。以上で、危険負担の債権者主義、債務者主義の話は理解できましたか?

問題は、先ほどの事例では、債権者主義がとられるのか、債務者主義がとられるのかですが、一般に危険負担では、債務者主義が原則(536条)とされています。

つまり、損害を債務者(A)が負担する=Bは代金を払わなくてよい、ということです。これは常識的にも非常に理解しやすいと思います。Bは家屋が全く手に入らないのに、何でお金だけ払わないといけないんだ!という気になります。それはそうでしょう。

ところが、実は先ほどの事例では、結論を言うと債権者主義がとられ、Bは代金を払わないといけません。民法の条文を見ましょう。「特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。」つまり、特定物ならば、債権者主義がとられるというわけです。つまり、買主は代金を支払わなければいけません。そして、不動産はすべて特定物です。

したがって、これは債権者主義がとられます。「えっ。先ほどの話は何だったんだ!」と思われるかもしれませんが、これはもう覚えて下さい。特定物売買のときに、なぜ債権者主義がとられるのかは、いろいろな説明がなされますが、ズバッと覚えて下さい。

原則としては、危険負担においては、債務者主義がとられるが、「特定物(不動産など)の売買契約においては、債務者の責に帰すべからざる事由により履行が不能となった場合は、債権者主義(買主の代金支払義務は存続する)がとられる。」

常識には反すると思いますが、資格試験などで出題されれば、このように答えないと間違えてしまいます。

ちなみに、世間一般の不動産の売買契約においては、契約書の中に、このような場合、「債務者は代金の支払義務を免れる」旨の条項を入れるのが普通で、このような特約も有効です。普通というより、ほぼ100%に近く、この条項が入りますので、民法の規定は常識に反するかもしれませんが、実際の不動産取引においては、困ることはないと言われます。

最後に、確認ですが、今は家屋が「全焼」した場合を例に挙げましたが、家屋が「半焼」した場合にどうなるかについても確認しておいて下さい。

これは、今私が説明してきたことそのままです。家屋が全焼であろうが、半焼であろうが、買主は代金「全額」の支払義務を負います。これがまさしく債権者主義の意味です。

最後に、当然のことですが、建物の滅失が債権者(買主)の責めに帰すべき事由によって生じた場合も、「債務者は、反対給付を受ける権利を失わない」、つまり代金債務は存続します。