民法533条(同時履行の抗弁)
【解説】
1.総論
ここで、「双務契約」という言葉が出てきます。双務契約というのは、「双」方が義「務」を負う契約のことをいいます。売買契約等が典型ですが、売主は登記・引渡の義務、買主は代金の支払義務を負います。このように契約当事者の双方がそれぞれ義務を負っている契約のことを双務契約といいます。
これは契約当事者の双方が義務を負っているわけですから、片方だけが先に履行するのは不公平です。履行するときは、双方が同時に、すなわち引き換えに履行しよう、というのが同時履行の抗弁です。
売主は、買主が代金を支払わないなら登記・引渡はしない、買主は、売主が登記・引渡をしないのなら代金を支払わない、と言えるということです。
このような同時履行の抗弁が認められる契約の場合、たとえば、不動産の売買契約で、売主は引渡しと登記手続を行う履行の提供をしたが、買主が代金を支払わなかったため、裁判をしたとしましょう。このとき、裁判所は買主に対して「代金を払え」という無条件の給付判決ではなく、「登記・引渡と引き換えに代金を支払え」という引換給付判決というのを出すことになります。
もともとの契約に同時履行の関係が認められているので、判決もそれに対応して引換給付判決になるわけです。
2.具体例~同時履行の抗弁が認められる場合
それでは、同時履行の抗弁権が認められる具体的な事例について見ていきましょう。
①動産・不動産の売買契約で、売主の引渡(及び登記)と買主の代金支払義務
これは典型的な同時履行の抗弁権が認められる場合で、公平の観点からは当然です。
②契約の解除による当事者双方の原状回復義務
これは、民法546条に解除の場合には、533条を準用する旨の規定があります。
解除の場合の原状回復義務についても、双方に同時履行の抗弁権を認めるのが公平だからです。
③契約の取消による当事者双方の原状回復義務
契約の取消の場合には、解除の場合のように、その原状回復義務について同時履行の抗弁権を認める旨の明文の規定はありませんが、やはり公平の観点から同時履行の抗弁権が認められています。
④請負契約の請負人の目的物引渡義務と、注文者の報酬支払義務
請負契約において、請負人に引渡義務がある場合には、この引渡義務と注文者の報酬支払義務は、同時履行の関係にあります。
請負人が確実に報酬を受け取れるようにということです。
なお、請負人の仕事の完成義務と注文者の報酬支払義務は同時履行の関係にありませんので注意して下さい。請負人の仕事の完成義務が先履行です。 →民法633条参照
⑤請負契約の請負人の瑕疵修補義務に代わる損害賠償義務と、注文者の報酬支払義務
⑥弁済と受取証書の交付
→民法486条参照
⑦建物買取請求権が行使された場合の借地人等の土地・建物引渡義務と地主の代金支払義務
建物買取請求権というのは、形成権の行使で、借地人の意思表示でその効力が生じるものですが、これは地主と借地人の間で「売買契約」がなされたものとみなされるということです。
したがって、通常の売買契約と同様に、代金と目的物の引渡しの間に同時履行の抗弁権が認められます(判例)。
ここでのポイントは、売買契約の目的物である「建物」だけでなく、「土地」との間にも同時履行の抗弁権が認められるという点です。
建物買取請求権というのは、文字通り「建物」の買取請求権のことであり、土地はもともと地主のもので、土地について売買契約が成立するわけではありません。
しかし、建物の引渡しを拒む反射的効果として、土地を引渡すことを拒むことができるということです。
これは常識的に理解できるでしょう。
建物は引渡さなくてもよいけど、土地だけ引渡すということは事実上できません。
これと似たものとして、造作買取請求権における造作の代金と「建物」引渡しについては、同時履行の関係にはありません(判例)。
この判例は、学説には批判的なものが多いと思いますが、判例は上記のように言っています。
状況は、理解できますでしょうか?
建物というのは、土地の上に乗っているわけですから、建物だけの引渡しはできない。
それと同じ考え方でいうと、造作というのは、建物に付属しているわけですから、造作は引渡さなくてもよいけど、建物だけ引渡すというのは難しいといえるのではないか?
それならば、判例の考え方はおかしいのではないか?という意味です。
ただ、「造作」というのはどういうものだったかを思い出して下さい。
造作というのは、有益費と異なり、独立性のあるものです。つまり、造作だけを切り離すということも不可能ではない。
造作の例として、エアコンというのがありますが、エアコンは、取り外して新しい家に持っていくことができます。
したがって、造作だけの引渡しを拒み、建物は引渡すということも可能なわけです。
そこで、造作買取請求権において、「造作」については造作代金の支払いと同時履行の抗弁権を認める必要がありますが、「建物」についてまで同時履行の抗弁権を認める必要はないというのも理解はできます。
3.具体例(同時履行の抗弁が認められない場合)
それでは、同時履行の抗弁権が問題になる事例を見ていきましょう。
①被担保債権の弁済と抵当権設定登記の抹消
抵当権の被担保債権が弁済されると、抵当権は付従性により消滅します。
そこで、被担保債権の債務者が、被担保債権の弁済について抵当権設定登記の抹消との同時履行の抗弁権を主張できるかということですが、これはできません(判例)。
被担保債権の弁済が先履行だとされています。
②請負人の仕事の完成義務と注文者の報酬支払義務
請負契約は、仕事の完成を目的とするものであり、請負人の仕事の完成義務と注文者の報酬支払義務は同時履行の関係になく、請負人の仕事の完成が先履行となります。
③賃借人の明渡義務と賃貸人の敷金返還義務
賃借人の賃借目的物の明渡義務と賃貸人の敷金返還義務は同時履行の関係になく、賃借人の目的物の明渡義務が先履行となります。
賃借人が目的物を明渡してみないと、敷金の返還金額が確定しないからです。
4.同時履行の抗弁に関する諸問題
この同時履行の抗弁権というのは、民法のいろいろな場面で問題になりますので、そのような問題について簡単にコメントしていきましょう。
①保証人の同時履行の抗弁権の援用
主たる債務者が債権者に対して同時履行の抗弁権を有する場合には、保証人は、この主たる債務者が有する同時履行の抗弁権を援用して、債権者からの履行の請求を拒むことができます。
これは保証債務の付従性によります。
②債権譲渡における債務者の同時履行の抗弁権
債権譲渡の譲渡人が、債権譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して同時履行の抗弁権を有していた場合は、譲受人に対してこの同時履行の抗弁権を対抗することができます。
ただ、債務者が異議を留めない承諾をしたときは、この同時履行の抗弁権を対抗することができなくなります。 ←民法468条参照。
③同時履行の抗弁権の付着している債権を自働債権とする相殺
相殺において、自働債権に相手方が同時履行の抗弁権を有する場合には相殺することができない。
相殺によって相手方の同時履行の抗弁権を奪うことになるからです。