債務不履行
【解説】
1.債務不履行の種類
たとえば、AがBに不動産を売却した場合、AはBに不動産を引き渡し、BはAに代金を支払わないといけません。このような引渡債務や代金支払債務を履行しない場合を、「債務不履行」と言います。要するに、約束を守らないことです。
民法の言葉で言うと「債務者がその債務の本旨に従った履行をしない」ことである。
この債務不履行には、3つの種類があります。
- 履行遅滞
- 履行不能
- 不完全履行
この3つです。
簡単に言えば、「履行遅滞」は、約束の期日に遅れることです。
履行不能というのは、要するに「履行できない」ことです。Aはその所有家屋をBに対して売却しました。しかし、引渡前にAの家屋は、Aの過失により焼失してしまいました。これは家屋が焼失しているので、Aは履行できません。こういう場合が履行不能です。
そして、不完全履行は、一応債務の履行がなされたが、それが「債務の本旨に従った」ものでない場合です。この不完全履行は、最終的には履行遅滞か履行不能に還元されます。
2.履行遅滞の要件
(1) 履行期の徒過
これは412条で解説します。
(2) 履行が可能なこと
これは説明するまでもないでしょう。そもそも、履行が不可能ならば、それは履行不能になるのであって、履行遅滞ではありません。履行できるのに、期限を過ぎても履行しないのが履行遅滞です。
(3) 債務者に帰責事由があること(債務者に故意・過失があること)
もともと債務不履行は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしない」ことである。そして、この債務不履行が成立するには、「債務者の責めに帰すべき事由」が必要である。
この「債務者の責めに帰すべき事由」というのは、すべての債務不履行に共通の要件です。
債務不履行というのは、債務者が解除とか損害賠償という形で、責任を追及されるものです。
ということは、履行しないことについて債務者に責任(帰責事由)があることが必要です。債務者に全く落ち度がないのに、責任を追及されても困ります。
なお、このように債務者に帰責事由がなければ債権者から債務不履行責任を追及されることはありませんが、これは債務者が自分に帰責事由がないことを立証しないといけません。債権者が債務者に帰責事由があることを立証する必要はないのです。これは債務者というのは、もともと履行の義務を負っているのであり、自分が責任を免れたければ、自分に責任がないことを立証すべきだ、ということです。
この債務者の帰責事由というのは、具体的には債務者の故意・過失という形で問題になります。
故意・過失の意味は、理解できると思いますが、故意は「わざと」、過失は「不注意で」という意味です。
この故意・過失については、覚えておいてほしい点があります。それは、この故意・過失は債務者自身の故意・過失に限らず、履行補助者の故意・過失も含まれるということです。
たとえば、AがBに家屋を売却したとします。ところが、引渡前に家屋が焼失してしまいましたが、それは債務者Aの妻の不注意による失火だったとします。これは債務者自身には、過失がありません。ところが、債務者の妻のような債務者側の人間(これを履行補助者といいます。)の過失というのは、債務者の故意・過失と同視して、債務不履行になります。
(4) 履行しないことが違法であること
この「履行しないことが違法であること」というのは、何となく分かるでしょうが、具体的にはイメージしにくいところだと思います。
これは典型的には、同時履行の抗弁権などがその例になります。売買契約のような、契約の当事者双方が債務を負っているような場合(売主は引渡債務、買主は代金債務)、この両方の債務は同時履行の関係にあります。
同時履行の抗弁というのは、当事者は「同時」に「履行」しなさい、ということですから、当事者は、それぞれの債務を「引き換えに」履行しなさい、という意味です。
要するに、一方が先に履行するのは不公平だろう、ということです。一方が先に履行することを、先履行といいます。売主の立場から言えば、「お金を払わないと引き渡さない」、買主の立場から言うと、「引き渡さないと、お金を払わない」ということです。したがって、両方が、同時に、すなわち引き換えに履行することになります。
さて、売主の引渡しが遅れたので、履行遅滞が問題になったとします。このとき、売主が引き渡さなかった理由が、買主が代金を支払ってくれなかったので、同時履行の抗弁権を行使して、引き渡さなかったとしましょう。
この同時履行の抗弁権というのは、民法が認めたものですから、この同時履行の抗弁権を行使して引き渡さなかったのは、適法だということになります。この場合は、履行しなかったことが違法だとは言えません。こういう場合は、債務不履行は成立しないということです。
それでは、この場合相手方はどうすればいいのか。
履行遅滞になりますと、次に本格的に説明しますが、相手方は契約を解除することができます。同時履行の抗弁権を主張している者に対して、契約を解除したければ、自分の方が履行の提供をする必要があります。つまり、先ほどの例で言うと、買主は代金を相手方に提供して、相手方の同時履行の抗弁権を失わせます。
そうすると、相手方の履行遅滞は違法だということになり、それではじめて解除できるわけです。
それでは、売主があらかじめ代金の受領を拒むことを明確にしている場合、買主はどうするべきでしょうか。
このような場合、代金を売主のところに持って行っても、受け取ってくれないので無駄です。しかし、買主は代金債務を負っているわけですから、何もしないというわけにもいきません。そこで、買主は履行の準備をして、つまりお金の準備をして、売主に代金を受領するように催告すればよいとされています。
これで買主としては、履行の提供をしたことになり、売主が引き渡しをしないことは違法となり、買主が契約を解除することができます。
3.履行不能の要件
(1) 履行期に履行が不能であること
「履行期」に履行が不能とありますが、履行期前であっても、履行期に履行できないことが確定していれば、履行期まで待っても仕方がありませんので、不能になった段階で履行不能とされます。
(2) 債務者に帰責事由があること(債務者に故意・過失があること)
これは、履行遅滞で説明した話と同じです。
ただ、一つだけ付け加えたいことがあります。たとえば、Aを売主、Bを買主として家屋の売買契約が締結されたが、Aが引渡し期日に引き渡しをしなかったとします。この点について、Aに故意・過失があるものとします。その履行遅滞中に不可抗力で家屋が滅失したとします。
これは、結局は不可抗力で家屋が滅失したわけだから、Aの故意・過失ではなく履行不能になっているようにも見えます。
しかし、このような債務者の責に帰すべき事由によって履行遅滞に陥っている間に不可抗力で履行不能になった場合は、債務者の責による履行不能とされます(判例)。