民法180条(占有権の取得)
【解説】
1.占有権とは
占有というのは、物を現実に支配しているという事実状態を法的に保護しようというものです。
これは、その物を支配している者が、その物について法律上の根拠(「本権」といいます。)を有しているかどうかを問いません。物を支配しているという「事実状態」をそのまま法的に保護するということです。
したがって、物を盗んだ人にも占有権があります。
ちなみに、占有を正当化する法的な根拠のことを「本権」といいます。これは、一番分かりやすいのが所有権でしょうが、別に所有権でなくても、賃借権でも地上権でも質権でもかまいません。賃借人などは、その物を占有できる権利があります。
それでは、なぜこのように占有権は保護されるのでしょうか。それは、このような事実状態は一応正しいものとして保護しておかなければ、社会の秩序が保たれないからです。
もともと物を支配するについての法律上の根拠(本権)というのは、多くははっきり分かるものかもしれませんが、本当にその人が所有権なり賃借権なりの本権を有しているかどうかは、紛らわしい場合には裁判などをして確定しなければ分からないことがあります。
たとえば、自転車を盗まれた人が、たまたま駅前で自分が盗まれたと思われる自転車を見かけたとしても、それを強引に自分で取り返すことは許されません。これは自力救済の禁止といいます。
あくまでも日本は法治国家なんであって、物を取り返すのは、強引に力づくということではなく、法的な手段によらないといけません。そうしないと社会の秩序が保たれないということです。
したがって、物を支配しているという事実状態を占有権という形で保護する必要があるわけです。
なお、この「占有」は、「所持」という概念とは区別して下さい(後述)。
2.占有権の種類
(1)自主占有
「自主占有」というのは、所有の意思をもってする占有をいいます。
これは「所有の意思」があればいいわけですから、実際に所有権を有している必要はありませんし、所有権を有していると信じていることも必要ありません。
盗人の場合にも、人の物を取って「自分の物」にしようとしているわけですから、「所有の意思」はありますので、自主占有です。
(2)他主占有
「他主占有」というのは、逆に所有の意思のない占有です。
つまり、他人に所有権があることを前提として、ある限られた範囲で占有している場合です。
典型的には、賃借人、質権者、受寄者の占有などです。
(3)両者の関係
このように自主占有と他主占有は、所有の「意思」で決まりますが、「意思」といっても、それは占有の権原の性質によって客観的に決まります。
たとえば、物を売買によって取得し占有しているものには所有の意思が認められますが、賃貸借契約によって賃借人として占有する場合には所有の意思は認められません。
両者の区別の実益があるのは、典型的には時効取得の場合です。所有権の時効取得を行うには、自主占有すなわち所有の意思が必要です。
他に、占有者の責任(191条)、無主物先占(239条)などでも問題になります。
3.占有権の取得
本条は、占有権の取得の要件として、「自己のためにする意思」と「所持」が必要であることを定めている。
(1)「所持」
この「所持」というのは、「占有」とは異なります。
「所持」というのは、平たく言えばまさしく「持っている」ということですが、必ずしも物理的に物を持っている必要はなく、社会観念上、物がその人の事実的支配内にあると認められる客観的関係があればよいとされています。
この「所持」は、占有の基礎となる客観的事実になります。
【所持の該当例】
- 倉庫に保管してカギを所持
- 旅行中の者は、留守番がいなくても留守宅にある家財道具などについて所持あり
- 不動産については、土地を耕作し、家屋に居住し、工場を経営
- 震災で建物が焼失し建物所有者が一時行方不明になっても敷地に対する所持を失ったとはいえない
- 換地処分があった場合、換地の上に自主占有が継続
- 日常的に監視のできる隣家の場合、その所有者が施錠・標札等で占有を表示しなくとも所持が成り立つ(最判昭27.2.19)
【所持の非該当例】
- 隣席の人から一時ナイフを借りる(一時的ないし仮のものだから)
- 演壇のコップを講演者が使う(一時的ないし仮のものだから)
(2)「自己のためにする意思」(占有意思)
占有というのは、この「所持」というのがあるだけでは成立しません。
「自己のためにする意思」というのが必要になります。
「所持」+「自己のためにする意思」=「占有」
という関係になるわけです。
この「自己のためにする意思」というのは、事実上自己の利益になるようにという意味です。「所有の意思」に限らず、自己の利益になれば認められます。ただ「意思」という言葉は使われていますが、本人がどう思っているかではなく、所持が生じた原因の性質から、客観的に判断されるものだとされます。
たとえば、所有権の譲受人、盗人、賃借人、地上権者も質権者、留置権者、使用借人などの所持は、自己のためにする意思があります。