民法144条(時効の効力)
【解説】
1.時効制度の趣旨
「時効」という言葉自体は、ある程度イメージはわくと思います。普通の会話でも、昔の話を持ち出したときに、「その話は、もう時効だよ」と言ったりします。
つまり、「時効」というのは、一定の時間が経過することにより、権利が発生したり、消滅したりする制度です。一定の時間が経過することにより、権利が発生するものを「取得時効」、権利が消滅するものを「消滅時効」といいます。
今、Aがある土地を所有していましたが、その土地にBが勝手に家を建てて住んだとします。こういうのを不法占拠といいます。当然その行為は違法ですが、長い間Bがその土地を占有していますと、その土地はBのものになってしまいます。
次の例として、AはBにお金を貸しました。Bはなかなか返済しません。AもBは友人だからということで、督促もせず、長期間放置していました。あまりに長い期間放置しておきますと、そのAのBに対する債権は消滅します。Bは借金を返さなくてよいわけですよね。
この時効制度はというのは、今の話から分かるように、不思議と言えば不思議な制度です。人の土地でも自分のもののような顔をしていれば、自分のものになる。借金も、長期間放っておけば、返さなくてよくなる。そういうのが時効制度です。このような時効制度がなぜ認められるのかについては、諸説あります。
1つは、「権利の上に眠る者は保護しない」という考えです。いくら権利を持っていても、その上に胡坐(あぐら)をかいている者は保護する必要はないということです。
2つ目は、長期間権利を行使しないと、証拠などが散逸してしまって、後で証明するのが難しくなるという考えです。
3つ目は、社会の法律関係の安定のために時効制度があるとする考えです。3つ目は分かりにくいけれども、長期間ある一定の事実状態が続くと、周りの人はそれを正当なものと信頼して、それを前提にいろいろな法律関係を作ります。たとえば、他人の土地の上に建物を建てた人でも、長期間それを占有していると、その建物を借りる人が出てきます。また、その建物に抵当権を設定する場合も出てくるでしょう。また、借金が長期間放置されていると、その人は借金のない人だと信用して、別の人がお金を貸したりする事態も生じます。時効制度がないと、後で真実の権利者が出てきて、自分の権利を主張しますと、先ほどの賃借人は建物を追い出されますし、抵当権を設定した人は抵当権を失いますし、お金を貸した人も困ります。したがって、時効制度というのは、一定の事実状態が続けば、真実はどうであれ、事実をそのまま法律関係として認めようとするのだ、というわけです。
この時効制度の存在理由の諸説は、それぞれ一長一短というのか、民法に規定されている時効に関するさまざまな制度を説明するのに、ある規定はうまく説明できるが、別の規定はうまく説明できない、というようにスッキリこれで説明しきれるというものではありません。
そこで、「時効制度は、①権利の上に眠る者は保護しない、②証拠が散逸する、③法律関係の安定というような理由で認められる。」くらいの軽い感じで見ておけば、いいでしょう。
2.時効の遡及効
時効の効果というのは、消滅時効の場合は、権利が消滅し、取得時効の場合は、権利を取得するということですが、この時効の効果には遡及効があります。
たとえば、消滅時効で債権が消滅した場合、時効の起算日にさかのぼって、債務が消滅することになります。時効が完成した時に、債務が消滅するわけではありません。
したがって、時効により債務を免れた者は、元本だけではなく、起算日以後の利息等の支払も免れることになります。
こういう場合はどうでしょう。平成元年に、A所有の建物に、悪意のBが占有を始めたとします。平成19年にCがその建物の一部を毀損(壊した)とします。平成21年にCに対して損害賠償を請求するのは誰ですか。Cが建物を毀損した平成19年当時は、まだ時効が完成していないのでA所有です。しかし、時効が完成すれば、時効には遡及効がありますので、さかのぼって、つまり平成元年からB所有だったことになります。したがって、BがCに対して損害賠償を請求することができます。