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民法97条(隔地者に対する意思表示)

【解説】

1.意思表示の効力発生時期(第1項)

本条は、隔地者に対する意思表示について、その効力の発生時期を定めた規定です。

「隔地者」というのは、離れた者という意味です。つまり、目の前に向かい合った者同士の間では、意思表示が直ちに相手に到達するので、問題は少ないけれども、離れた者同士の場合には、その扱いが難しくなるので本条のような規定が置かれたわけです。

一般に隔地者間において、表意者(意思表示をした者)から相手方に対する意思表示というのは、意思の表白→発信→相手方への到達→相手方の了知、という4つの段階に分けて説明されます。手紙を例にとれば、手紙を書いて(表白)、それをポストへ投函し(発信)、相手方の郵便受けに配達され(到達)、相手方がその手紙を読む(了知)という流れです。

この4つの段階のうち、いずれの段階で意思表示の効力は発生するのか、ということです。

そして、これに対応して意思表示の効力発生の基準時として、表白主義、発信主義、到達主義、了知主義という4つの考え方が出てきます。

このうち、表白主義と了知主義というのは、極端で採用されていません。すなわち、表白主義では、意思表示の相手方は、表意者(意思表示をした者のこと)の意思を知ることができないので、相手方に酷です。また、了知主義では、相手方が手紙を読むという行為を問題としていますが、その時期を客観的に定めるのは難しいからです。

したがって、発信主義か到達主義ということになりますが、本条では意思表示一般の原則として、「到達主義」を取る、ということを定めています(民法その他の法律には発信主義を取っている場面もあります。)

基本的には、意思表示を発信しただけでは、相手方にはそれが分からないですが、相手に到達すれば、相手方はそれを見ることが可能になるから、ということでしょう。その意味で、一番両当事者の利益のバランスが取れています。

この到達主義によりますと、意思表示が事故等で到達しない場合や、遅延した場合の不利益を表意者が負担することになります。また、意思表示が到達するまでは、表意者は意思表示の撤回が可能だということになります。

2.表意者の発信後の死亡又は能力喪失(第2項)

表意者が意思表示を発信した後に、死亡又は行為能力を喪失したとしても、その意思表示の効力が失われることはありません(第2項)。

表意者が一旦意思表示を発信すれば、それが到達するということは、客観的な事実にすぎないので、その事実が生ずるために表意者が権利能力(生きていること)や、行為能力を有する必要はないからです。

したがって、表意者が意思表示をした後に、死亡した場合は、意思表示の効果は相続人に引き継がれますし、表意者が行為能力を喪失した場合は、法定代理人の代理又は同意によって、その意思表示が補完されます。

なお、契約の申込みの場合は、申込者が反対の意思を表示した場合又はその相手方が申込者の死亡若しくは行為能力の喪失の事実を知っていた場合には、本条項は適用されません(民法525条)。