※この記事は一般的な条文解説で、宅建等の資格試験の範囲を超えた内容も含みます。当サイトの記事が読みやすいと感じた方は、当サイトと資格試験向け教材の関係をご覧下さい。

民法96条(詐欺又は強迫)

【解説】

1.詐欺

(1)当事者間の効力(第1項)

具体的には、Aは、Bに土地を売却しましたが、BはAをだまして不当に安い値段で売却させたとします。

このときのAの「売ります」という意思表示は、Bの詐欺によって、瑕疵(かし)があるということになります。

このまま、売買契約の効力を認めたのでは、Aはかわいそうです。このようなときは、AはAB間の売買契約について取り消すことができます。ここまではいたって簡単な話です。この結論について、異論がある人はほとんどいないでしょう。「詐欺による意思表示は、当事者間では取り消すことができる。」ということです。

(2)第三者との関係(第3項)

次に、AはBに詐欺されて、その所有の不動産を売却してしまったので、Aは売買契約を取り消して、Bから不動産を取り戻そうとします。しかし、そのときBはすでにその不動産をCに売却(これを「転売」と言います。)して、当該不動産はすでにCの元にいっていたとします。A→B→Cというわけです。

この場合、単純にAは詐欺されたので、かわいそうだ、Cから不動産を取り戻せるようにしようというふうにはいきません。

Cの立場を考慮しないといけないからです。この場合のCのことを法律では「第三者」と言います。AとBは詐欺による法律行為の「当事者」です。この当事者以外の人を「第三者」と言います。

そしてこの場合、この不動産が結局Aのものになるのか、Cのものになるのかという話になりますが、民法はCが善意か悪意かに分けて考えます。

Cが悪意(詐欺の事実を知っている)なら、CはAが契約を取り消すかもしれないということが分かるわけですから、Aの契約の取り消しを認めて、AはCから不動産を取り戻すことができます。

これに対してCが善意(詐欺の事実を知らない)ならば、何も事情を知らないCの利益を優先させて、AはCから不動産を取り戻すことはできない、というのが民法の規定です。

つまり、「詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することはできない。」ということになります。

ちなみに、詐欺の場合で、第三者Cが善意の場合、AはCに対して詐欺による取消をCに主張することはできませんが、相手方Bに対しては取消を主張することはできます。Bは詐欺をした本人ですから、Bに対する取消を否定する理由はありません。

ただ、Cには取消を主張できないので、不動産は帰ってきませんよ。話がややこしいですが、AはCに対しては、取消を主張できないので、不動産は帰ってこない。しかし、Bに対しては取消を主張して、損害賠償でも請求して、お金で賠償してもらうしかないということです。

(3)詐欺による取消後の第三者

さて、このA→B→Cと転売された場合ですが、先ほどの話は、Cに先に転売された後に、Aが契約を取り消したという場合です。この場合の第三者は、「取消前の第三者」といいます。

上図の上の図です。ところが、「取消後の第三者」というのもあります。つまり、AがBの詐欺により意思表示を行ったので、AがAB間の契約を取り消しました。Aは契約を取り消すことによって、B名義に移転した登記をA名義に取り戻すことができます。しかし、AがBから登記名義を取り戻す前に、Cに転売してしまった場合、Cのことを「取消後の第三者」といいます。

時系列でいいますと、Aの取消→Cへの転売、となっているわけですから、Cは取消後の第三者です。

先ほどの図の下の図ですね。この場合のAとCの優劣はどうなるかということです。これは、先ほどと同じようには考えません。

時間の流れにしたがって考えてもらえばいいんですが、Aが契約を取り消した時点で、不動産はBからAへ戻ります。にもかかわらず、BはCへ不動産を売却しているわけです。

ということは、Bを起点に、B→A、B→Cへ不動産を二重譲渡した形になります。この不動産の二重譲渡は登記を先に備えた方が勝ちます。しかも、登記を先に備えれば「悪意」でも優先します。

以上の結論ですが、取消前の第三者は、善意であれば不動産を取得できますが、悪意であれば不動産を取得できません。

取消後の第三者は、善意であろうが、悪意であろうが登記を先に備えれば不動産を取得することができます。

(4)第三者の詐欺

第三者の詐欺というのは、具体的に主たる債務者が貴方の他に連帯保証人がいるからといって保証人を欺いて保証契約を締結させたような場合などが該当します。

つまり、保証契約というのは、「債権者」と保証人との契約になりますので、主たる債務者は保証契約については、第三者に該当します。その第三者たる主債務者が保証人を欺いて保証契約を締結しているので、第三者の詐欺になるわけです。

この第三者の詐欺については、第三者の強迫の場合とまとめて説明した方がいいので、「強迫」のページを参照して下さい。

2.強迫

(1)当事者間の効力

AがBの強迫により意思表示をした場合です。この強迫による意思表示とは、要するに脅されて意思表示をさせられたということです。

この場合も、Aは、Bの強迫により意思表示をさせられていますので、保護する必要があります。したがって、AはBに対してこの意思表示を取り消すことができます。

(2)第三者との関係

詐欺の場合と同じように、AがBに対して取消をして不動産を取り戻そうとしたが、BがCに対してすでに当該不動産を転売していた場合はどうか、という問題が生じます。

この場合も一見すると、詐欺と同様に、Aは意思表示の取消を善意の第三者であるCに対抗できないとなりそうですが、民法は、詐欺と強迫では違う結論を規定しています。

つまり、Aは、Cが善意(つまり強迫の事実を知らない)であっても、Aは意思表示の取消をCに対抗できる、つまりAが勝つんだとしています。

A→B→Cと不動産が転売され、Cが善意の場合、Aが詐欺された場合には、Cが勝つが、Aが強迫された場合は、Aが勝つのだとしているわけです。

いったいこの違いはどこから来ているのか?それはAの帰責性の違いです。Aの責任(言い換えると「落ち度」)の違いです。

詐欺というのは、騙される方も悪いというのです。

それに対して、強迫というのは、ある意味無理やり契約させられたわけで、Aの落ち度としては、少ないというふうに考えます。

条文上の根拠としては、96条3項の反対解釈から導かれます。つまり、96条1項は詐欺と強迫について取り消せる旨を規定しているにもかかわらず、96条3項では、詐欺についてだけ、善意の第三者に対抗できないと規定しているわけですから、強迫については、善意の第三者にも対抗できると考えるわけです。

(3)取消後の第三者との関係

詐欺の場合と同様、強迫の場合も取消後の第三者との関係が問題になりますが、詐欺と同様、対抗問題になり登記の先後で優劣を決めます。

(4)第三者の詐欺・強迫

ところで、この詐欺・強迫については、「第三者の詐欺・強迫」というのがあります。

上図は、今まで説明してきた事例です。

次の図は、BがAを詐欺・強迫するのではなく、第三者CがAを詐欺・強迫します。この場合、AはBに対して取り消しできるのか、というのが「第三者の詐欺・強迫」の問題です。

これは、普通の詐欺・強迫とは異なり、Bに対してすぐに取消というわけにはいきません。

普通の詐欺・強迫の事例は、Bは詐欺・強迫をした当の本人ですから、Bは悪い。したがって、AはBに対しては取消を主張できます。

ところが、第三者の詐欺・強迫では、Bは悪くない。悪いのはCです。

だから、普通の詐欺・強迫のA・Cの関係が、第三者の詐欺・強迫では、A・Bの関係に移ってくると考えれば、楽勝です。

つまり、詐欺では本人にも落ち度があるので、Bが善意であれば、Aは取り消すことができません。一方、強迫では本人に落ち度は少ないので、Bが善意であっても、Aは取り消すことができます。