借地借家法10条(借地権の対抗力等)
【解説】
1.借地権の対抗力~借地上の登記ある建物
借地権の対抗力の話は、民法の賃貸借で基本的なところは話をしています。民法の部分を簡単に復習しておきましょう。
上図を見て下さい。Aが賃貸人、Bが賃借人である場合に、Aが賃貸物を第三者Cに譲渡しました。賃借人Bは、賃貸物の新しい所有者であるCに賃借権を主張して、借り続けることができるか、という問題です。
不動産賃借権は登記することができるので、賃借権を登記していればCに対抗できるが、賃借権の登記がなければCに賃借権を対抗できない、というのが結論です。
しかし、その際の問題点として、賃貸人には登記の協力義務がないので、理論的にも実際上も賃借人が賃借権の登記を備えるのは難しいということです。
これでは、賃借人は実際上保護されないので、借地借家法ではそれを考慮して特別の定めがあります。
結論から言うと、「借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。」
民法の賃貸借では、登記だけが対抗要件になっていました。ところが、登記には賃貸人の協力が必要です。つまり、賃借人は、自分の力だけで対抗力を備えることができなかったのです。
そこで、借地借家法では、借地権設定者(賃貸人)の力を借りなくても、借地権者だけの力で借地権の対抗力を備える方法を与えたのです。これが、先ほどの「土地の上の登記ある建物」という対抗要件です。
借地権というのは、「建物所有目的」に限ります。したがって、借地人は借地の上に建物を建てますが、この建物は借地人自身の建物です。土地は、借り物だけれども、建物は自分のものだ、ということです。
自分の建物に自分で登記をするには、地主の協力はいりません。自分で登記すればいいだけです。つまり、自分の力だけで借地権の対抗力を備えることができる、ということになります。
ただ、この制度はちょっと不思議です。今、われわれが考えているのは「借地権」です。つまり、「土地」の地上権又は賃借権です。ところが、今話をした借地権の対抗力は、「建物」の登記です。
つまり、この借地借家法の規定は、「建物」に登記すれば、「土地」の借地権について対抗力が出てきます、という規定です。
ところで、土地の譲受人のCの立場に立って考えてみましょう。Cは「土地」を買ったわけです。当然、土地を買うにあたって、「土地」の登記記録は調べます。ちなみに、前にも書いたかとは思いますが、日本では土地と建物は別個の不動産です。したがって、土地の登記記録と建物の登記記録は別です。そして、この「土地」の登記記録には、「建物」の登記のことは出てきません。
そこで、Cは不測の損害を被るのではないか?という疑問が生じます。しかし、「それは大丈夫」というのが借地借家法の考え方です。
不動産を買うときには、必ず現地見分をします。実際の不動産を見ずに、登記記録のような書面だけで判断する人はいません。Cとしては、Aから土地を買うにあたって、現地を訪れます。
そうすると、そこに建物が建っている。これはおかしい。そこで建物の登記記録を調べます。その建物登記記録には、所有者としてBが載っている。
Aの土地なのに、Bの建物があるということは、Bに借地権があるに違いないという推測がつきます。そこで、CはAに事情を問い詰めるに違いありません。そうすると、Bの借地権の存在が明らかになる、というわけです。
したがって、「建物」の登記でも、「借地権」の公示として十分だということになります。
2.借地上の建物の登記の種類
借地上の建物に「登記」をすれば、対抗力が生じますが、この建物「登記」は具体的にどのような登記か?という問題があります。
① 表示の登記
まず、この建物登記は、「表示の登記」でも対抗力が生じます。「表示の登記」は、「権利」についての登記ではありません。不動産の物理的な所在などを示すものです。それなのに、借地権という「権利」について対抗力を与えていいのか、とも思えます。しかし、実はこの表示の登記にも、一応参考みたいな感じで「所有者名」などが記載されますので、最低限所有者の公示の役割は果たします。したがって、「表示の登記」でも対抗力が生じます。
② 保存登記
次に、「保存登記」でも対抗力が生じます。保存登記は、権利の登記である以上当然でしょう。
③ 本人名義以外
判例は建物の所有者本人以外の名義の登記の場合は、借地権の対抗力を否定しています。
よく出てくるのは、配偶者名義、長男名義などです。上図の事例でいくと、Bが建物登記を、B自身ではなく、Bの長男や配偶者の名義で登記したという場合です。これでは、本当の借地権者が分からないという理由で、判例は借地権の対抗力を否定しています。これも覚える。
④ 借地上に複数の建物がある場合
次に、借地権に基づいて、その土地に複数の建物を建てた場合、そのうちの一つにしか建物登記をしなかった場合はどうか。
これは、土地「全体」に借地権の対抗力を認めるというのが判例です。
そもそも、なぜ建物登記に借地権の対抗力を認めたのかというと、不動産の取引では「現地見分」をするからというのが理由でした。それならば、土地を見に行ったときに、建物が複数建っていれば、普通その建物全部の登記記録を調べるでしょう。
そのうちの一つに、B名義の建物登記があれば、Bの借地権を推測するのに十分です。
⑤ 登記上の記載に相違がある場合
最後に、借地上の建物の登記上の所在の地番等が実際の地番等と多少相違していても、建物の同一性が認識できる程度の軽微な相違であれば対抗力はあります。
その程度の軽微な相違であれば、借地権の存在を推測するのに十分だからです。
3.掲示による借地権の公示
「借地上の登記ある建物」があれば、借地権に対抗力があるという話をしました。これで、借地人は保護されますが、この方法には一つ欠点というのか、保護が不十分な点があります。
建物というのは、火災等で滅失してしまう場合があり得ます。BはAから借地権の設定を受けて、建物を建てて、その建物に登記をしました。しかし、火災により建物が焼失しました。つまり、この段階で建物の登記は効力がなくなります。そのスキを狙って、AがCに土地を譲渡しますと、Bは対抗力がありませんので、AB間の借地期間は残っているのに、Cから追い出されてしまいます。
そこで、この欠点を補う方法を借地借家法は規定しています。借地借家法の規定を見てみましょう。「建物の滅失があっても、借地権者が、その建物を特定するために必要な事項、その滅失があった日及び建物を新たに築造する旨を土地の上の見やすい場所に掲示するときは、借地権は、なお対抗力を有する。ただし、建物の滅失があった日から2年を経過した後にあっては、その前に建物を新たに築造し、かつ、その建物につき登記した場合に限る。」
つまり、建物登記に代えて、「掲示」をすれば、対抗力が維持できるとしているわけです。ただ、これはあくまで暫定的な対処ですので、この「掲示」による対抗力は、「2年」が限度です。この数字も覚えておいて下さいよ。
この点について、Bは借地権を設定して、建物も建てたが、建物登記をしていませんでした。そのうち、建物が滅失して、「掲示」を行いました。そして、建物を再築し、再築した建物には登記をしました。このとき、「掲示」期間中も、借地権に対抗力があるか、という問題があります。
これには対抗力はありません。この「掲示」による対抗力は、ちゃんと建物登記をしている者が、建物が滅失することによる不利益を回避しようとするものです。つまり、建物登記による対抗力を備えた「後に」、建物が滅失した場合、次の建物登記までの期間の対抗力を「つなぐ」ためのものです。
もともと建物登記を怠り、対抗力がなかったものが、いきなり「掲示」をしても、「掲示」期間中の対抗力を備えることはできません。この事例の場合、賃借人が対抗力を備えるのは、あくまで再築後に建物登記をした後に限ります。